車や船や飛行機など、世の中にはたくさんの乗り物があります。
乗り物の名前を使った馬名をまとめてみました。
レース質マトリックス 競馬は全て二択である
馬名 | デビュー年 | 獲得賞金(万円) | 乗り物・意味 | 主な勝ち鞍 |
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ゴールドシップ | 2011年 | 139,776 | 船 | 皐月賞 菊花賞 有馬記念 宝塚記念2回 天皇賞春 |
タイキシャトル | 1997年 | 61,548 | スペースシャトル | ジャックマロワ賞 マイルCS2回 安田記念 スプリンターズS |
クロフネ | 2000年 | 37,023 | 船 | ジャパンカップダート NHKマイルC |
ヒコーキグモ | 1996年 | 17,070 | 飛行機 | きさらぎ賞 |
ピークトラム | 2013年 | 15,761 | 頂上への電車 | 谷川岳S(OP) |
サンツェッペリン | 2006年 | 12,911 | 太陽+飛行船名 | 京成杯 皐月賞2着 |
ノースシャトル | 1987年 | 10,384 | スペースシャトル | ダイヤモンドS |
クロフネミステリー | 1992年 | 10,120 | 船 | 春望S(1500万下) ディスタフH3着(米GⅡ) |
スターシップ | 2006年 | 9,577 | 宇宙船 | |
デンシャミチ | 2005年 | 9,199 | 電車道 | 京王杯2歳ステークス |
アローエクスプレス | 1969年 | 6,323 | ロンドン-パリ間を結ぶゴールデンアロー号 | 朝日杯3歳S |
キーストン | 1964年 | 4,245 | ニューヨークからペンシルバニアを結ぶ特急列車 | 日本ダービー |
ゼッツー | 2003年 | 4,219 | 過去に若者のあこがれであった二輪車の愛称(カワサキZII) | 文知摺特別 |
チカテツ | 2000年 | 3,693 | 地下鉄 | 神戸新聞杯12着 |
ミステリートレイン | 2011年 | 3,693 | 電車 | 1000万下 |
メッサーシュミット | 2007年 | 2,971 | ドイツの戦闘機名 | ひまわり賞(OP) |
コダマ | 1959年 | 1,816 | 新幹線 | 日本ダービー 皐月賞 阪神3歳S |
スシトレイン | 2002年 | 1,634 | 電車 | 500万下 |
コスモタイムマシン | 2008年 | 980 | タイムマシン | 未勝利戦 |
エアバスシチー | 2003年 | 605 | 大型旅客機 | 無し |
アウトリガーカヌー | 2017年 | 50 | カヌー | 無し |
サブマリン | 2014年 | 0 | 潜水艦 | 無し |
マチカネゴンドラ | 2002年 | 0 | ゴンドラ | 無し |
サンドバギー | 2006年 | 0 | 砂地用自動車 | 無し |
リフトトゥヘヴン | 2017年 | 現役 | エレベーター | 2勝クラス |
船 ゴールドシップとクロフネ
船といえばゴールドシップとクロフネが代表的です。2頭とも歴代でも屈指の強さと印象を残しました。
クロフネは外国産馬のクラシック開放元年における「黒船来航」を狙っての活躍ですから、そういった意味でもインパクトを残しました。
期待は凄かったスシトレイン
スシトレインはデピュティミニスター産駒のアメリカ産馬。新馬を8馬身差、500万下を10馬身差で楽勝し、アメリカ遠征を計画します。
馬名に「寿司」が入っており、日本馬としての強さを示すにはぴったりと思われ、壮行レースとしてヒヤシンスSに出走。
スシトレインのあまりの強さに出走回避が相次ぎ、7頭立ての単勝1.3倍でレースを迎えます。
しかし過去2戦のような走りが全く見られず、なんと最下位での入線。その後のレースでも勝利することはありませんでした。
スペースシャトル タイキシャトル
乗り物のスケールで言えば1番のタイキシャトル。ジャックルマロワ賞というフランスでも権威あるG Iを勝ち、前週のシーキングザパールに続いて、日本馬による2週連続フランスG I制覇を成し遂げました。
帰国後もマイルCSを5馬身差で圧勝。日本の競馬界において、短距離路線を歩んだ馬として、初めて年度代表馬となりました。
父キーンのヒコーキグモ
馬名で飛行機雲といえば2020年の無敗の三冠馬コントレイルですが、その23年前に日本語のヒコーキグモがいました。
父キーンにちなんで、馬主の小田切オーナーが飛行機が飛ぶ音をイメージしてつけたそうです。
キーンの産駒は多くありませんが、他には「タイキマッハ」「タイキコンコルド」「タイキジェット」と、飛行機を連想させる馬名が多くいました。
商品名そのまま トヨタクラウン
中央競馬では宣伝目的の馬名は認められていませんが、まだそういった審査も緩かった頃、商品名そのままのトヨタクラウンという馬が走っていました。
馬主の山口昇さんはトヨタ自動車愛知の社長でした。
トヨタクラウンの妹が産まれた時は、またまた商品名そのままのクラウンエイトと名付けようとしましたが、これは通らずエイトクラウンと逆さまにしたことで認められたそうです。
尚、エイトクラウンは牝馬で初めて宝塚記念を勝った名牝です(1966年。その後、2005年にスイープトウショウが勝つまで、39年間牝馬の勝利は無し)。
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